引き続き新型コロナ感染予防に努めながら例会を開催し、7月は8名、8月は9名が参加しました。

コロナの影響からか、いつもより参加者は少ないですが、不登校は増えているようで、深刻な悩みは続いています。

8月は小中学生と高校年代上の2グループで語り合いました。

高校年代以上では、高校卒業がゴールではなく、そこから先の道が引き続き大きな課題になる場合も多いことから、今後継続的なテーマにしていきたいという意見が出されました。

9月は緊急事態宣言下であり、例会ではなく個別相談会とし運営委員2名が会場に待機してご相談に対応、就労移行支援事業所ponteの森山代表も参加され、貴重なアドバイスをいただきました。

例会日程:会場は函館市総合福祉センターあいよる21です(13:30~15:30)

10月17日・11月21日・12月19日・1月16日 いずれも4階会議室です。

新型コロナ感染の状況によっては変更もありますので、開催の有無は事前にご確認ください。

【同封資料のご紹介】

・「社会参加に辛さを抱える方と家族の自助会・相談会」の10月~1月行事予定

当地では関連する行事が随分増えています。

函館市社協の不登校相談会も、子どもが不登校を体験したり現在不登校中というお母さん方が主に相談に応じており、同じ悩みを抱える当事者同士でじっくり語り合える貴重な場になっていますので、どうぞご利用ください。

・「はこだてホッと親サロン」「お話し聴きますカフェ」も引き続き開催されています。

例会と一味違い気持ちが和み、まさにホッとする空間になっていますので、お気軽にご参加ください。

・「函館圏フリースクールすまいる」が五稜郭公園近くの渡島教育会館(旧北海道教職員組合渡島支部事務所)に移転し、とても広々となりました。

毎週金曜日13時~15時は若者の居場所ヨリドコロも開設しています(函館市民は無料)。

教職員組合のご支援に感謝申し上げます。

・登校拒否を考える全国ネットの「不登校を考えるオンライン講座」が今年度も開催催されます。

10月31日は高校進学講座、12月26日は発達障害のとらえ方、年明け2月27日は野村の担当で、次女が自身の体験や今取り組んでいるホームスクールについても報告します。

・北星学園余市高校が10月23日に教育講演・相談会を開催し、個別相談にも応じます。

・前号に引き続き同封した次女が不登校新聞に連載した「娘からの返信」は今回が最終回です。

・裏面の「樹陽のたより」はひきこもりを体験した方々が毎月第2日曜日の11時~13時につどい、その感想をこのような形で表現していますので、参考までにご紹介します。

【子どもを「褒める」より、「ごめんね」「ありがとう」を大切に】

函館アカシヤ会運営委員・大橋愛子

《子どもと、とことん話し合うことまんなかに》

我が家には、4歳から14歳までの4人の子ども達がいます。

学校は利用していません。(分類や区別というのが好きではないのですが)アンスクーリングやホームスクーリングの類に入ると思います。

親子の関わり方としては、サドベリースクールの教育理念に共感しています。

堅苦しく聞こえるかもしれませんがそういう事もなく、我が子も私達と同じひとりの人間なのだから、彼らを子どもだからと見下したりぞんざいに扱わず、意思を尊重したいと想いながら「とことん対等に話し合うこと」をまんなかに据えて暮らしています。

その暮らしの延長上で彼らは学校に違和感を持ち、行かない選択をし、自分のしたい学びを学びたい時に自分達の手で選び取って来ました。

今回で2回目の投稿では、「褒める」ということについて書いていこうと思います。驚くかもしれませんが、私は子ども達を褒めません。

別に意地悪でやっているわけではなく、褒めたくないのです。

と言うと誤解されそうですが、これから順を追ってお話しします。

《子どもを「褒める」ことにふと違和感が》

第1子の現在14歳の息子が産まれて間もない頃のことです。

息子は日に日に出来ることが増えていきました。

ハイハイしたら褒めて、歩けるようになったら褒めて、言葉を発したら褒めて…そんな関わりをしていたある日、私は褒めることをやめました。

「それが出来なかったら、この子はダメな子だろうか?もし息子がいつまでも言葉を話さなかったら、私は落胆するのだろうか?ガッカリした私の顔を息子がもし見たら、悲しくなるのではないか」とふと思ったのです。

ふと思った、というか、本当は自分が子どもの頃からずっと感じていたことでした。

子どもの頃、周りの大人達からたくさん褒められると気分が良い反面、追い詰められているような感覚がどこかにあったということに、息子との関わりの中でふと気付いたのです。

その子が、何かが出来て嬉しそうに笑っていたら、私も嬉しいし「良かったね」と一緒に笑うけれど、大人の理想通りに子どもが動いた時、「えらいね」「良く出来たね」「すごいね」と評価され褒められるということが、子どもの私は嫌だったし、悲しかった…と思い出したのです。

《褒められることに感じた「評価の眼差し」の辛さ》

何かが出来た時に褒められ、何かが出来なかった時には、落胆されたり時には叱られたりする毎日の中では、「どんな自分でも愛されている」という感覚は、私は持てませんでした。

褒められないと、評価されないと、自分が否定されたようで不安でした。

褒められたり評価されると、ホッとする感覚と同時に、もしもそれが出来ない自分なら、ダメな子なんだな…と追い詰められる気持ちになりました。

人がそのままで、ありのままでは生きにくい、そんな居心地の悪さと、不安と恐怖がいつもどこかにあったのです。

子どもの頃は、この苦しみをはっきりと自覚することは出来ませんでした。

言葉にも出来なかった当時のぼんやりとした苦しい感覚が、我が子との関わりの中で霧が晴れていくように分かっていきました。

そして、我が子を目の前にした時、ありのままのこの子を愛したい、大人の思う通りに、社会が良しとされている通りに、「予定通りに」「理想通りに」「標準に沿って」我が子が育った時に、褒めたり評価したりしたくない!と強く思ったのです。

どんな子でも、今こうして生きているだけで命は有り難く、素晴らしい。

歩かなくても、言葉を発しなくても、字を読まなくても。

「どんな私でも愛されている。」子ども達はみんな、そう実感しながら今を生きていきたいと願っています。障害のある子もない子も。

《能力主義、競争主義からの卒業を》

私達は子どもの頃から、強制的に比べられたり、評価されたりすることがあまりにも日常化してしまい、その暴力性に気付かないまま子ども達に接してしまっているのではないかな、と思うのです。

子ども時代に、出来ることが一つでも増えていかなければいけないんだ…と不安でいっぱいで、何かにしがみつくように、褒められるために、頑張ってしまった私自身の苦しみから分かったことでした。

出来ない事があった時、堂々と誰かに助けてと言える、出来ない子が側にいたら自然と助けられる、そんな子ども達が増えていくには、まずは私達大人が、能力主義、競争主義から卒業し、横に繋がる人との関わり方をあらためて思い出して行かなければいけないんじゃないかな、と思っています。

そんなことがあって、我が家では誰かを褒めたり、評価したがる人がいません。

評価の言葉より、いつも感謝を伝えたい。

「ごめんね」「ありがとう」の言葉が、我が家では飛び交っています。

以下は、しょうぶ学園の学園長、福森伸さんの言葉です。

『僕たちは、彼らに社会の秩序というものを教える立場ではない。彼らから精神的な秩序を学ぶべきだ。』

私も子ども達と関わる時にいつも大切にしていることです。

 

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